俯瞰的な視点からサステナビリティをとらえ、
ニフコがどのような価値を創出できるかを考えていく。
ニフコは「2050年カーボン・ニュートラル」を宣言し、環境負荷の低減をはじめさまざまな取り組みを進めています。このようなサステナビリティの活動や情報開示を、企業価値の向上にどのように結びつけていくのか? エスプールブルードットグリーンの八林氏をお招きして、代表取締役社長 兼 CEOの柴尾が意見を交わしました。
越境留学プログラムで新規サービスを立ち上げ
柴尾 ニフコには、「変化を創り出す力」を養うために自社にはない事柄を他社で学ぶことができる越境留学プログラムというものがあります。ニフコとエスプールブルードットグリーン様のつながりは、その留学先として2021年に当社の社員を受け入れてくださったことが始まりです。
八林 そうですね。このような形で外部の人を受け入れるのは当社として初めての経験でした。
柴尾 その社員としては「新規事業の企画に携わりたい」という目的はありましたが、環境分野にフィールドを限定していたわけではなかったようです。
八林 その意味では、偶然の出会いのようなものだったのかもしれませんね。しかし、そこからプロジェクトが動き出し、当社の新規事業を立ち上げることができました。
柴尾 どのような事業なのかご紹介いただけますか。
八林 LCA(ライフ・サイクル・アセスメント)の支援サービスです。これは、製品のライフサイクル全体におけるCO2排出量など環境負荷を定量的に評価するもので、環境負荷の低減について、自動車業界は果たすべき役割が大きいにもかかわらず、製品ごとのCO2排出量をまだ把握できていませんでしたので、ニフコをモデルにして排出量を算出するツールを作成しました。
当社は、TNFDをはじめサステナビリティに関連する情報開示支援を主な事業としているので、まさに新規サービスの立ち上げになりました。
柴尾 ニフコの製造部門やESG推進室などとも連携し、調査のために工場にも足を運んだそうですね。
八林 ええ。私は行けなかったのですが、調査に伺ったメンバーはとても新鮮な経験だったようです。製造のプロセスばかりでなく、プラスチックのリサイクル/リユースについてもしっかりした体制を構築していて驚いたと話していました。
柴尾 ふだん間近で見ているニフコの社員にとっては当たり前のことでも、外部の目線で見るとまた違う見え方がするのでしょうね。そうしたフィードバックは、ニフコにとっても貴重です。今回のLCA評価手法はまだ本格的な導入には至っていませんが、留学した社員がエスプールブルードットグリーン様から学んだ環境課題に対する意識などは、彼を起点にこれからどんどん社内に浸透していくはずです。
競争優位性に結びついた戦略でサステナビリティを捉える
八林 最近、欧州を中心にサステナビリティに関する情報開示の法制度化が進んでいます。ニフコのビジネスにも影響が及ぶ可能性があるのではないでしょうか?
柴尾 確かに基準は年々厳しくなっています。しかし、率直に言ってこれらには政治的なことも絡んでいて、欧州の自動車メーカーの動きを見ても一概にすべて対応しているとはいえないようです。
情報開示ばかりでなくサステナビリティの取り組みそのものにもいえますが、できることについては徹底して取り組む一方で、経済価値をはじめベネフィットに結びつけることを常に考えるべきだと思っています。中長期的に見て企業の価値向上につながらないような活動は長続きしません。
八林 おっしゃるとおりだと思います。最近、日本でも政府がGX(グリーン・トランスフォーメーション)推進に向けて官民あわせて150兆円を超える投資を打ち出すなど、サステナビリティに対する姿勢が変化してきました。サステナビリティについては、企業としての競争優位性にどう結びつけるかという視点が欠かせないと考えています。
柴尾 社会の動きを見据えながら、上辺だけじゃない、本筋をとらえた戦略が必要だと思います。少し話は外れるかもしれませんが、スーパーマーケットなどでのレジ袋削減がよい例ですよね。最初はいろいろ意見もありましたが、現在ではすっかり受け入れられている。それはみんながベネフィットを実感しているからでしょう。企業も同じで、価値向上につながるという実感があれば、おのずと取り組みも広がっていくはずです。
八林 日本企業の場合、「同業他社がやっているから、ウチもやらなくては」といった感じで取り組みを始めることが多かったように思います。最近、そうした姿勢にも変化が見られ、自社の製品やサービスが社会課題の解決にどうつながるかを考え、それを定量化して積極的に情報発信していこうという企業が増え始めています。
柴尾 これまでの取り組みは、どちらかというと欧州発の潮流に合わせる、いわゆる“pull”だったと思います。それをもっと前向きに考えて戦略的に“push”していくような発想に転換していくべきなのでしょうね。
八林 そのとおりだと思いますね。これまで日本では、サステナビリティというと、気候変動、次は生物多様性といったようにそれぞれ個別の課題と考えがちでした。そうではなく、サステナビリティをもっと全体的に捉え、その中で自分たちの会社はどのような関わり方ができるのかを考え、定量化して社会に伝えていくべきだと思います。
サステナビリティへの関心の高まりはチャンス
柴尾 気候変動をはじめサステナビリティへの関心の高まりは、ニフコにとってリスクではなく、むしろチャンスだと私は考えています。
なぜなら、ニフコはすごく優位のある特別な技術や設備を持っているわけではなく、一番の財産は「人」ですから。特有の技術や設備は突然の変化に対応できませんが、「人」はいつでもフレキシブル。リスクに直面しても必ずプラスの方向に向かうはずだと私は考えています。実際、ニフコのこれまで歩みを振り返ってみても、社員たちが持つ知恵やアイデアで危機を乗り越え、それを新たな成長につなげてきました。
八林 社員の皆さんに学ぶ力、対応する力が備わっているわけですね。ところで、ニフコの主力製品は自動車向けのプラスチック部品です。プラスチックは環境課題的にもいろいろ注目を集めていますが、その可能性は人の知恵しだいでまだまだ広がっていくとお考えでしょうか?
柴尾 私はそう思っています。プラスチックは誕生してからまだ200年ほど、実用化に至ってはまだ100年程度です。鉄と比較してもはるかに若い素材です。その鉄と比べても軽い、錆びないなど数々の優れた特徴を持っています。だからこそ、これほど社会や暮らしの中で活躍しているわけですね。プラスチックはまだまだ多くの可能性を秘めている。たとえば、加工にしても鉄と比べてずっと容易で、その分、製造工程で使うエネルギーも少なくてすみます。
しかし、ごみ問題のように大きな課題があることも確かです。そこは企業としてもしっかり取り組んでいくべきだと考えています。
八林 最近、経済産業省がサーキュラーエコノミーの実現に向けて再生プラスチックの利用促進などの施策を打ち出しています。今後もこのような潮流は強まっていくと思いますが、プラスチックを循環させて使い続けていく仕組みが構築できれば、社会とも共存できる素材だと考えています。
プラスチックをめぐる環境はこれからも変化していくはずですが、そこに日本独自の目線や情報発信があってよいと思いますし、日本の企業にとってもそのような姿勢はけっしてマイナスにはならないと感じています。
気候変動におけるニフコの課題
柴尾 ニフコは、気候変動という課題に向けて事業を適切に機能させていくために「2050年カーボン・ニュートラル」を宣言しました。
八林 開示されているレポートを拝見しますと、Scope1と2におけるCO2排出量は、2021年が前年比-4.2%、2022年が-6.50%と、取り組みは順調に進んでいるようですね。
柴尾 確かに直近の数字を見ると順調に進捗していますし、環境課題に対する意識も社内に定着しつつあるように感じます。
八林 しかし、こうした数字は年が経つとともに削減率が縮小していく傾向があるので、これからが本番といえるかもしれません。
柴尾 まさにそのとおりだと感じています。ニフコの場合、製造工程にScope1は使用していないため徹底した省エネ活動を実施しています。また、Scope2は太陽光発電等による削減を計画しています。
しかし、難しいのがScope3ですね。ニフコでは、製造プロセスのうち約5割をグループ外の協力会社に頼っている。このように裾野が広いサプライチェーン全体で排出量を管理していくことは容易ではありません。これはニフコだけでなく、自動車業界全体にいえる課題だと思いますね。
八林 確かにScope3については、日本の製造業に共通する課題だと感じています。先日、あるメーカーを訪れたところ、その会社は海外のサプライヤーが多く、まず意識の浸透を図ろうと多言語対応の啓発動画を作成したそうです。長期的なロードマップを考え、腰を据えた取り組みが必要だと思いますね。
サステナビリティをチャンスに転換していくためには
柴尾 先ほど八林さんから「独自の目線や情報発信があってよい」というお話がありましたが、私なりに一つ考えていることがあります。
私たちがつくるプラスチック製品は、製造工程においてCO2を排出しますが、一方で、自動車に装備されるとCO2削減に貢献できる部分も持っているのです。軽くて加工性に優れるプラスチックを用いることで、軽量化や空力性能の向上を実現でき、自動車の燃費向上、つまりCO2の削減につながる。このように、もっとライフサイクル全体での影響度を定量化できたら、新しいベネフィットを生み出すことができると思うのです。
八林 いわゆる削減貢献量的な捉え方ですよね。それをScope3にまで及んで定量化していくことは実際にはかなり大変だと思いますが、自分たちなりの強みを表現していく姿勢はとても重要です。冒頭に話に挙がった当社とニフコで共同開発したLCAツールなどがその発端になる可能性もあります。
柴尾 サプライチェーンに関するものでは、すでに物流などで進めている取り組みもあります。自動車メーカーに供給する製品の梱包方法を改善して、1回の輸送でより多くの製品を供給し、さらにはビニールなど梱包材を減らす工夫を始めています。
八林 サプライチェーンの下流となる自動車メーカーも巻き込んだ取り組みですね。
自社の強みを磨きながら、サプライチェーン全体で取り組む
柴尾 八林さんは、サステナビリティの流れの中で日本企業が存在感を発揮していくためにはどのような姿勢が重要だとお考えですか?
八林 世界の動きにあまり惑わされることなく、自分たちの強みを洗い出してそれを定量化し、積極的に情報発信していくことだと思います。もちろん、そのためにはCO2削減をはじめとする環境対応にしっかり取り組むことが前提になりますが。今日、柴尾さんとお話しして、ニフコはそのような武器となるものをたくさん持っていると感じました。
柴尾 ありがとうございます。私が今日感じたのは、サステナビリティには1つの企業の力だけでは及ばないことがたくさんあるということ。サプライチェーン全体で取り組んでいくことが大切ですね。
たとえば、先ほど製品の環境的価値の話をしましたが、現状、自動車業界にはそのような価値を評価する仕組みがまだ構築されていないわけです。技術的価値は設計部門、コスト的価値は購買部門によって厳密に評価される。それと同じように環境的価値が評価されるようになれば大きな変化が起こるのではないでしょうか。
八林 サプライチェーンにおけるエンゲージメントは、下流から上流へという流れを思い浮かべがちですが、ニフコから自動車メーカーへの提案といったように逆の流れも起こりうるわけです。その提案力はニフコの強みであり、ぜひ期待したいと思います。
製品の環境価値を評価していくためには、その価値を定量化して価格に織り込んでいく仕組みも必要です。取り組むべきことはたくさんありますが、これはニフコが扱うプラスチック製品ばかりでなく、ものづくり全体に関わる大きなテーマです。企業ばかりでなく、社会のみんなで考えていくことが重要だと思います。
柴尾 ニフコだけでなく、業界、さらには社会と一緒になって取り組みを進めていく。サステナビリティでは、“みんな”が大切なキーワードなのでしょうね。